プラムゾの架け橋

第六章

 58.

 

「──ロドリゲス王および宰相ヴェルモンドの罪を暴き、反乱を起こします。王女殿下の名の下に」

 

 ハイデリヒの言葉によって、その場にいた全員に緊張が走った。宰相ヴェルモンドが犯した罪……つまり、マオの父コンラートを暗殺し、彼を慕う臣下を次々と失脚させた他、ランクセン公爵家を一度は崩壊させかけたことなど、諸々の所業を明るみに出すとハイデリヒは告げる。

「コンラート陛下の死に疑念を抱いた者は、辞令によって遠方へ飛ばされる前に城を離れました。ちょうどそちらの、フェルグス殿のように」

「!」

 これまでの話を静かに聞いていたフェルグスは、少しの間を置いて頷いた。今は傭兵団長として活躍している彼も、元はマクガルドと同様、王宮騎士団に所属していたことはマオも軽く聞き及んでいる。だが騎士団を辞した理由が、よもやコンラートの死への疑惑だったとは。

「十六年前、陛下の死後すぐにマクガルド総団長が……」

「あらやだ、今はマリーよ、フェルグス」

「……マリー殿が忽然と姿を消してしまわれたのでな。何かあったのだろうと、数年経ってから騎士団を抜けた」

 やりづらそうだ、とマオは頬を引き攣らせる。マクガルドのおぞましい変化については触れず、フェルグスは当時の不穏な空気に逸早く気付き、信頼の置けるアドリエンヌと共に城から離れたことを述べた。

 それに加えて、フェルグスは彼以外にも多くの騎士や官僚が城を出て行ったことを明かす。

「あの事件以降、途端にヴェルモンド殿が声を大きくしてな。陛下が亡くなって間もなく、次の王にロドリゲス殿下を据えることを無理やり決めてしまった。葬儀もまだ終えていないのに、と口論が絶えなかったものだ。なぁ、アドリエンヌ」

「……」

「……アドリエンヌ? どうした?」

「はッ……え、ええ。当時は混乱しておりましたが……城にいるだけで息苦しいほどでした」

「お前はまだ新兵だったしな」

 どこか余所余所しい返事をしたアドリエンヌに、フェルグスは首を傾げつつも適当な相槌を打つ。いつも冷静な彼女にしては、少々上の空な様子だ。疲れてしまったのだろうか、とマオが心配そうな眼差しを向けると同時に、長机の向かいから会話が続けられる。

「つまり、マクガルド将軍が第一層に呼び集めた有志、それからフェルグス殿のように自ら城を離れて行った者達を集めれば、反乱軍の基盤としては十分な数になります。あとは……そこのアルノー殿にも協力してもらって」

「は!? わ、私を反乱軍に引き入れると言うのか!?」

 しれっと反乱軍の数に入れられたアルノーが、慌てて抗議の声を上げる。彼を指差した状態で、ハイデリヒは鼻で笑った。

「元花嫁を相手取るつもりかい、アルノー。ティナは反乱軍に与することを良しとしてくれているけど」

「も、元と言うな、元と!! 大体、貴様が攫わなければ」

「攫わなければ、いずれティナは取り上げられていただろうねぇ。他でもない王宮に。今回の政略結婚も、プラムゾの架け橋を起動させる鍵として、ティナを手の届く場所に置いておくためのものだったんだよ、分かるか? 言わばお前も騙されたクチさ」

 推測される事柄を笑顔でつらつらと語った後、ハイデリヒは確認するように「で、どうする?」と両手を広げる。

「お前もヴェルモンドに利用されていたことに気付け、そして認めろ。くだらない理由で“大地の塔”を滅ぼそうとする輩に、お前は知らずのうちに加担しようとしていたんだ」

「……!」

 アルノーは目を見開き、ちらとセレスティナの方を見詰める。彼女は終始そっぽを向いており、ただの一度も婚約者の顔を見ようとしない。リンバール城で開かれた披露宴の際、彼女が「形だけの結婚だ」と吐き捨てたことはマオもよく覚えている。だが……アルノーの表情を見るに、どうやらそれは共通の認識ではなかったのではないか、とマオは戸惑い気味に視線をうろつかせた。

「……まあ、協力しないなら隠れ里で暫く軟禁させてもらうよ。ここの位置を王宮にバラされると不味いし。よく考えておきなよ」

「……」

「さて、王女殿下。今一度、貴女のご意思を確認させていただきたい」

「あっ、は、はい」

 マオが慌てて返事をすれば、ハイデリヒはにこりと笑う。

「この反乱は“天空の塔”だけでなく、プラムゾの今後の在り方にも関わる、重要な戦になります。ヴェルモンドの“大地の塔”への侵略が成功しても失敗しても、あちら側の民と深い因縁を作ることは間違いありません」

「……はい」

 隣のノットを見遣り、マオは小さく頷く。もしもヴェルモンドの侵略作戦を看過してしまえば、ノットやオングの故郷が焼かれることとなるだろう。それだけは絶対に阻止しなければならない。彼の友人として、そして──。

 

「──王族の血を引く者として、どうか王宮を……“天空の塔”を正しき姿に戻して頂きたいのです。……王女殿下」

 

 正しき姿──それは、父コンラートが王であった時代を指すのだろうか。はたまた、宰相ヴェルモンドを始めとした、“大地の塔”を疎む者達を退けることだろうか。残念ながらマオにはどちらの姿も想像することは出来ないが、未来が見えないからと言って尻込みしている暇も無いことは確かだ。

「……あの、ひとつだけ……教えてください」

 そっと、マオは右手から力を抜く。拳を自身の膝の上に戻せば、ノットが窺うように視線を寄越した。彼の手を握りたい欲を抑え、マオはハイデリヒに問う。

「この反乱で、ロドリゲス王とエトワール王女が……命を落とすことは、ありますか……?」

「!」

 質問の意図を図りかね、ハイデリヒが僅かに眉を顰める。一方で、ホーネルとオングは少しばかり驚いた様子でマオを見詰めていた。

「……彼らも、ヴェルモンドの側にいることは確かです。獣を忌み嫌い、“大地の塔”を蔑む姿勢は固い。必ず我々の反乱を食い止めようとするでしょう」

「……」

「大人しく投降するようならば命は取りませんが……最終的な処遇は、今の時点では何とも」

「そう、ですか」

 視線を落としたマオは黙考の末、この場に集まった者達をゆっくりと見渡す。……奇妙なものだ。十六年前に起きた先王暗殺事件がなければ、マオは彼らと全く違う出会い方をしていたことだろう。いや、もしかしたらホーネルやノットとは会うこともなかったかもしれない。それが良いか悪いかは置いておくにしても、漠然とした“苦しさ”を感じてしまう。

 ──あの事件さえなければ、彼らは平和な人生を送ることが出来たのだろう。

 責任を感じているわけではない。寧ろマオも被害者の一人であり、ヴェルモンドの企てた計画に困惑と憤りを覚えるべき立場にある。加えて彼女には王宮の悪事を正す権利が与えられた。先王の遺児という、ハイデリヒたちにとって最高の切り札とも言える肩書きが。その大層な肩書きがあれば、ノットとオングの故郷を、マオ自身の手で救うことだって可能だろう。

 しかし……。

「……ハイデリヒ!!」

「うわッ」

 そのとき、セレスティナが途端に大きな声を上げた。ついでに肩を叩かれたハイデリヒは、驚いて隣を振り返る。そこには白緑の瞳をきりりと見開いた彼女が、帽子を被りながら立ち上がる姿。

「マオに少し考える時間を与えてあげてくださいまし。立て続けに情報を与えられても、気持ちの整理が付きませんわ」

「……うーん、なるべく早く決断していただきたいところなんだけど」

「もう! せっかちな殿方は嫌われますわよ! 説明を省いてわたくしの髪を切り落としたこと、まだ許していませんからね!!」

「う……」

 痛いところを突かれたと言わんばかりに、ハイデリヒがサッと視線を逸らした。見事に彼を黙らせたセレスティナは、鼻を鳴らしてからマオの元へと大股に歩いてくる。

「マオ、行きますわよ。外が暗くなってしまいましたわ、あ~っ疲れた! 疲れましたわよね!?」

「ぅえっ、あ、つ、疲れました」

「でしょうっ、さぁ今日はもう休みましょう。少し歩けば宿に着きますわ」

 ずるずると引き摺られ、マオは広間の外へと連れ出される。廊下には見張りをしてくれていたギルとドッシュ、それからロザリーの姿があった。セレスティナは驚く彼らをざっと一瞥し、ロザリーの腕を強引に引いて歩き始める。

「む、どうなさったのです、セレスティナ様。私に何か?」

「宿まで送ってくださらないかしら。野郎ばっかりで暑苦しいんですの」

「ほう。……承知仕りました」

 ロザリーはちらりとドッシュを見遣っては、あからさまな態度で納得した。快諾してくれた彼女に、セレスティナは満足げに笑って礼を述べる。それまで連れて行かれるがままだったマオは、後ろを気にしつつも彼女に声を掛けた。

「あ、あの、セレスティナさん」

「何ですの?」

「勝手に出てきちゃって、良かったんですか……?」

「良いんですのよ。貴女も考える時間が必要でしょう? 反乱軍の旗印なんてそう簡単に引き受けられるものじゃないわ。ハイデリヒはちょっと配慮が足りていませんの」

 つんと瞼を閉じて見せたセレスティナは、やがて穏やかな笑みでマオの方に向き直る。

「ねえ、マオ。貴女とのお茶会、楽しみにしていましたのよ?」

「! お茶会って……披露宴のときに言っていた?」

「ええ、いろいろとお話がしたいわ。提案した本人がいないのは残念ですけれどね」

 思い出したのは、リンバール城に到着した直後のこと。勝手に控え室から抜け出してきたセレスティナを、彼女──エリシャが優しく宥めていた光景だ。披露宴をちゃんとこなすことが出来たら、三人でお茶会をしよう、と。その約束をしっかりと覚えていたセレスティナに、マオは気恥ずかしいような嬉しいような、あまり感じたことのない気持ちになる。

「ふむ、それならば宿の主人にティーセットがあるか尋ねておきましょうか」

「あら! 助かるわ、貴女は確か……ロザリーだったわね! 貴女も一緒にどう?」

「ありがたいお言葉ですが、私は野郎が入ってこないよう外で見張りをしておきますゆえ」

「うふふ、面白い人ね。じゃあまた今度お誘いするわ」

 今にもスキップをしそうな調子で、セレスティナは二人の手を引いて進む。マオはそんなご機嫌な彼女を見詰めてから、きゅっと口角を上げて歩幅を少しだけ大きくした。セレスティナの言う通り、自分は沢山の情報を知って混乱しているのだろう。ハイデリヒの言葉に即座に頷くことが出来なかったのは、きっとそのせいだ。明日しっかりと考えをまとめるためにも、今は──セレスティナの言葉に甘えよう。

 

 

 

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