43.





 エリクとカイ、それから先生の三人でニコの元へ行くことを告げると、アーネストは口元を手で覆いながら硬い表情を浮かべていた。その傍らにはフランツとブラッドもいるのだが、彼らも一様に渋い反応を示す。

「無茶は承知の上です。それに……アーネスト様、ニコを教団から引き離すことが出来れば、先の未来に変化が生じるかもしれません」
「……彼女が、帝国の幹部として登場しない未来か」

 エリクは神妙な面持ちで頷いた。
 ミラージュは「過去」──ティール聖王国が陥落する未来で、皇帝の傍にニコの姿を見たと証言している。それすなわち、彼女がやはり教団の中でも非常に優れた戦力であることを示しているのだろう。

 「過去」に登場しなかったエリクが彼女を連れ出すことに成功すれば、教団の戦力を削ぐことにも繋がる。これは聖王国側にとっても有益であろうと、エリクは更に言葉を重ねた。

「聖王国との関わりは一切伏せます。間違っても僕らが開戦のきっかけにならないよう、最大限の注意は払いますから」

 もし万が一エリクたちが捕えられ、アーネストの間に繋がりがあると知れれば、北方諸国連合はティール聖王国へ攻め込む口実を得ることになる。最悪の場合、密偵と称したエリクたちを人質に取るか、見せしめに殺すか。そのときはすぐに見限ってくれて構わないのだが、勿論エリクもその状況そのものを回避する努力はしなければならない。連合との開戦は、グギン帝国の復活と同義であるのだから。

「……ふむ。エリクとバルドル殿の動機は分かるとして、カイ、君も行くのか?」
「俺は元々、ニコのお守で同行してたわけだし、個人的な依頼のことで北に用事もあるから丁度いいしで」

 あっけらかんと答えたカイに、アーネストは何度か浅く頷いた。そのやり取りでエリクが思い出したことと言えば、カイが「呪具」なるものの解放を誰かから依頼されている、ということだ。城郭都市を治めている伯爵家の令嬢、オドレイの首飾りの他にも、彼は以前から南イナムスに密輸された呪具を調べていたはず。恐らくその件について依頼主に報告をするのは事実なのだろう。何一つ皇太子には嘘を付いていないというわけだ。

「しかし心許ないな。言うなれば敵地に潜り込むのに、三人だけというのも……」
「騎士団を動員すると怪しまれますからねぇ」
「──あ、それなら心配ないぞ」

 アーネストとフランツの心配を他所に、カイがにっこりと笑みを浮かべる。

「取り敢えず大山脈まで護衛をつけてくれりゃ、後は俺の知り合いが助けてくれる」
「知り合い?」
「まあ俺の雇用主なんだけども」

 彼が言うには、その雇用主は大山脈北部に位置するアンスル王国の人間で、カイが無事に入国できるよう手配してくれるそうだ。そこに二人ほど知人を連れて行ったとして、大した差は無いだろうとも彼は付け足す。

「ふむ……でしたらリューベク殿下の軍に参加して、北方まで同行するのは如何です?」

 フランツの思わぬ提案にエリクが目を瞬かせると、アーネストも思い出したように同調する。

「そうだな。兄上も陛下への報告を終えたら、すぐに北の砦へ戻られる。エリクたちを大山脈付近の調査班として同行させてもらえるか、私からお願いしてみよう」
「あ、ありがとうございます……!」
「その代わり、必ず聖王国へ戻るように。いいな」
「はい」

 北方諸国連合とグギン教団が注目を置いているであろう蒼穹の騎士団は安易に動かせないが、元より領地北部の守りを任されているリューベク王子の軍ならば定期的に聖都と砦を行き来しているため、領内の移動に際しての問題はない。エリクたちの身を守るという点に於いても、十分に機能するだろうと皇太子は言う。

「本当はブラッドでも付けてやりたいところなんだがな」
「だ、駄目ですよ、それでアーネスト様の身が危険に晒されたら意味がありません」
「それにオールゼン卿はジャクリーン嬢の傍にいたいでしょうし」

 平然と付け加えたフランツの後頭部を、ブラッドが何の躊躇いもなく殴りつけた。あの腹黒紳士が蹲る姿など初めて見たが、自業自得だったのでエリクやアーネストはあえて何も触れず。

「さて、それじゃあ兄上のところに……バルドル殿、一緒に来ていただいても?」
「俺が?」
「ええ。“調査班”らしい人間を見せた方が、兄上の納得を得やすいだろう」

 確かに先生は如何にも学者っぽい見た目と貫禄がある。エリクやカイでは学者と呼ぶには少々若すぎるため、リューベクから怪しまれる場合が無きにしも非ず。ならばと快諾した先生が、早速アーネストと共に行こうとしたときだった。

「──失礼いたします、アーネスト殿下」

 応接間の扉を開けたのは、ブラッドと同じ鎧を身に纏った初老の騎士。蒼穹の騎士団に所属する人間であることは確かだが、立っているだけで滲み出る貫禄は並みの兵士では見られないものだ。もしやとエリクが無意識のうちに背筋を伸ばせば、アーネストの口からすぐに名が飛び出す。

「トールマン、どうした?」

 それは聖王コーネリアス十三世の近衛騎士、かつ蒼穹の騎士団団長を務める男の名だった。トールマンは一礼すると、さっと応接間にいる面々を確認しては、用件を簡潔に述べる。

「陛下よりお話がございます。至急、謁見の間へお越しください」
「……分かった。兄上も同席なさるのか?」
「はい。大臣たちも集っておりますので、どうかお急ぎを」
「ああ、すぐに向かう。ありがとう」

 粛然とした態度で再度一礼したトールマンは、やはり静かに扉を閉めて退室した。知らぬ間に息を止めていたエリクとカイは、互いに顔を見合わせては何とも言えない表情になる。

 そんな二人の緊張など露知らず、アーネストは何やら思案げな表情でこちらを振り返った。それを待っていたかのように、フランツが訝しむ声で告げる。

「トールマン様がわざわざ知らせにいらっしゃるとは。大事のようですね」
「……もしかしたら兄上が何か情報を持ち帰ったのかもな。フランツ、この時期に何が起きるかミラージュ殿に尋ねておいてくれるか?」
「分かりました」

 一同はそこで解散することとなった。アーネストとブラッドが謁見の間へ向かった後、皇太子らが話をする間に王立学問所へ顔を出してくると言っていた先生とも別れ、エリクはゆっくりと溜息をつく。

 聖王が直々に招集をかけるほどの話が何なのかは気になるところだが──リューベク王子の許しが得られれば、一先ず北イナムスまでの道中は比較的安全なものとなるだろう。あの青い瞳の獣が湧いて出なければ、の話ではあるものの。

「さて、お二人は如何されます? ミラージュ殿の面会、一緒に来ていただいても構いませんよ」
「んー、やることないし行くか? エリク」
「え? ああ……そうだね。セリアも医務室にいてくれてるし」

 フランツとカイの視線に控えめな笑みで応じ、エリクは応接間を後にした。

 ニコやグギン教団について話す傍ら、込み入った事情だからと輪から弾き出されたセリアは少々不満げだったが、フランツの近くにはいたくないということでさっさと医務室へ行ってしまった。相変わらずの仲だなとエリクは頬を引き攣らせつつ、申し訳ない気持ちで幼馴染の背を見送ったものだ。しかし──先生と一緒に北イナムスに行くなんて告げたら、どんな顔をされるだろうか。更なる心配を掛けてしまいそうだと今から憂鬱になりながら、彼は小さく肩を竦めたのだった。



 

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