魔王城の門番をする魔王

ようこそ魔王城へ!



「魔王がやって来てから、この町は散々よ」
「奴の城の周りはいつだって暗いんだ」
「あんな大きな城……勇者様じゃないと落とせないよ」
「手前にある森には幾つものトラップが仕掛けられてるって噂さ」
「空には雷を撃ってくる防衛装置があって」
「ああ、恐ろしい」

 町で色々と情報収集を終えた青年は、せっせとその辺にいるブヨブヨとした青いモンスターを狩り、時には不埒な輩を成敗したり、住人の困り事を解決したりして、「魔王討伐平均値」と言われている職業――勇者まで昇格してきた。

 一体何処からのデータを集めて平均値を算出したのかは甚だ疑問だが、皆が口を揃えて平均値と宣うのだから恐らく大丈夫だろう。何たって木の棒で魔物と応戦するような村人から、剣と盾を操る勇者まで上り詰めたのだ。その努力は並々ならぬものだったと自負している。

「よし、魔王をこの町から追い出してやる」

 しがない村人だった青年は、今や頼りがいのある仲間たちと共に素晴らしい戦士へと成長した。

「勇者様っ、この戦いが終わったら俺、村の幼馴染にプロポーズします!」
「早々に死亡フラグを立てるのはやめろ」

 些か脳内がお花畑な剣士は、これでも元々は宮殿仕えだったという。魔王によって制圧されてしまった宮殿を、勇者と共に奪還せんと集ってくれた者の一人だ。

「はあ……しかし魔王城なんて本当に落とせるのでしょうか? こんなへっぽこ勇者、ボロ雑巾にされて終わりですわ」
「ずっと疑問に思ってたけど何でシスターなんてやれてたの、君」

 物憂げに溜息をつく彼女は、聖歌隊の麗しい少年に手を出したとして教会から破門されたシスターである。もう既にこの説明の時点でアウト判定が下されるような人間だが、暴漢に襲われかけたシスターを勇者が助けたことにより、嫌々ながらも「回復役として手助けしてやるわ」と上から目線で言われて仲間となった。
 無論、その白魔法の腕は違法な術を使っているせいでとっても役に立っている。良いか悪いかはこの際どうでもいい。

「ふぁ……早く行こうよ、最初はどうせ勝てないし。一回ズタボロにされて死んでから、レベリングして対策を練り直すのが常套手段でしょ」
「何回も言ってるだろ! 死ぬのだって楽じゃないんだぞ! メタ発言やめて!」

 何ともやる気の見えない少女には、頭に尖った獣の耳がついている。狼に変身できる力を持っており、その戦闘力は凄まじいものとして有名だ。魔王に故郷を荒らされたことにより、初めは意気揚々と勇者に協力してくれたのだが、旅を続けていくにつれて怠惰な獣に成り下がった感じは否めない。どうしてこうなった。

「……取り敢えず行こうか」

 勇者は溜息混じりに、魔王城へと出発した。



「――えええちょっと待って!! あっさり到着しちゃったんだけど!!」

 おどろおどろしい城を前にして、勇者は驚愕の声を上げる。
 森にはトラップなど無ければ魔物もおらず、空から防衛装置が攻撃を仕掛けてくるかと思えば、別にそんなこともなく。ダンジョンと言うには味気ない森を真っ直ぐ突き進んでいたら、魔王城の前まで簡単に辿り着いてしまったのだ。

「計画が狂いましたね、勇者様……これじゃあ経験値が足りなくて城の中でミンチにされちまいます」
「うおおおおお絶対に嫌だ!!」

 取り乱す勇者の傍ら、剣士も困った様子で腕を組む。シスターは手鏡を見ながら髪をいじり、狼少女は相変わらず眠そうな欠伸をかましていたが。

「まあ行くしかないでしょう。この調子だと玉座の間にもあっさり行けそうな感じもしますし」
「ふぁ~、さっさと玉砕しちゃおうよー」
「そうっすね、俺も早く帰って求婚の準備しないといけませんし、勇気を持って行きましょう!」

 三人が色々と文句を垂れながら城へと歩を進め、げんなりとした勇者もその後を追おうとしたときだった。

「おい、止まれ!」

 ようやく敵のお出ましである。本来ならば緊迫した感じで応戦したいところだが、今までの平坦な道のりを憂いていた勇者は、喜びのあまり笑顔で振り返ってしまう。しかしてそれも束の間の出来事。魔王城の門前に仁王立ちしている人物を見ては、思わず白目を剥きかけた。

「な……何、やってんだ、あんた……」
「ふはは、ここから先は一歩も通さんぞ! この城は魔王の支配下にある素晴らし」
「うるせえ!! 何であんたが此処にいるのかを聞いてんだよ!!」
「えっ」

 勇者が勢いよく指差した先には、門を守る番人――にしては豪勢な衣服を身にまとった男がいた。勇者とそれほど変わらない年齢の、それでいて威厳のある出で立ちの青年は、戸惑いたっぷりにこちらを見詰めてくる。

「……門番してる……」

 叱られた子どものように小さな声で、彼は問いに答えた。勇者は鈍い頭痛を覚える。

「おかしいだろ! あんた魔王だろ!! 人相書きにそっくりだ!!」
「あ、あの人相書き僕が書いたんだ。似てた?」
「自画像かよ!!」

 照れたように後頭部を掻いた青年――改め、魔王は嬉しそうに笑っていた。
 何だか拍子抜けというか、もう逆に怖くなってきたぞ。これが悪逆非道とまで恐れられる魔王だと言うのだろうか? そして何故その魔王が城の門番などをしているのか。
 思考が全く整理できず、勇者一行は唖然とした面持ちで固まった。

「いやあ、やっと人が来てくれたや。ここ数年は誰も来てくれなかったから退屈で。せっかくお城の雰囲気も出したんだけどなぁ」
「……ふ、雰囲気?」
「うん。主に照明かなぁ。空も暗くしたし、城壁も黒く照らしたし、魔王城っぽいでしょ? そのせいで肝心のトラップ類にはお金が回らなくて」
「魔王城っぽい?」
「だから門番とか巡回も僕ひとりでやる羽目になっちゃって。あとは階段を守る僕でしょ、玉座の間を守る僕でしょ、最後に魔王である僕を倒せばお城を取り返せるよ!」
「全部お前!」
 何ということだ。城の雰囲気作りに資金を全て回したおかげで、下僕を雇う余裕が無いだなんて。魔王が聞いて呆れる……というか下僕の魔物どもは召喚されたのではないのか。奴らは忠誠云々ではなく金で動くのか。

「さあ! 今から門番戦だけど準備はいいかいっ?」
「は? 待て待て待て、初っ端から魔王戦だろバカ野郎!」
「まあ負けても、また来てくれればいいよ。僕も暇だし」

 魔王が爽やかな笑顔で右手を持ち上げる。いつの間にか勇者の眼前に迫っていた魔王は、その人差し指で軽くおでこを弾いてきた。刹那、勇者の身体は森の方まで吹っ飛ばされてしまう。

「勇者様ーッ!?」



 ――文字通り門前払いを食らった勇者一行が、これでもかと言うくらいに己を鍛え直し、鬼の形相で再び魔王城へ赴く日はそう遠くなかったそうな。

「頼むから門番を雇ってくれええ!!」

 しかしながら勇者の悲痛な叫びは、それから暫く続いたらしい。

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