57.






 ──結論から言えば、リーゼロッテは件の実験施設の存在を認知していた。

 それどころか彼女は幼い頃から頻繁に実験施設に足を運んでおり、グギン教団の人間とも接触していると言う。そしてそこにはダエグ王国の“精霊王”セヴェリも出入りし、かの国の重要機密として長く隠匿されてきたと彼女は述べる。

「姫君、ならば貴女はグギン帝国の復活とやらもご存じで?」

 別室から人数分の椅子を引っ張ってきたエリクたちは、ソファに向き合うようにして腰を下ろす。リーゼロッテの淡々とした話を聞き終えた後、口を切ったのは先生だ。直球な質問にも彼女は狼狽えることなく、鷹揚に頷いて見せる。

「彼らがそのようなことを目論んでいることは察しています」
「表立った行動はしていない、と」
「ええ。ですが既に教団は軍隊として機能するまでに至っている。何をするつもりかは一目瞭然でしょう。……ところでバルドル殿、あなたがたはどこでそれを?」

 エリクと先生はちらと顔を見合わせる。先見の魔女──ミラージュの存在はティール聖王国にとって隠しておくべき秘事だ。況してや魔女の未来視、「再生の術」と呼ばれるものについては絶対に漏らしてはならないだろう。疑うわけではないが、もしも実験施設と関わりのあるリーゼロッテが魔女の存在を明るみに出せば、この「未来」はアーネストではなくミラージュの死によって幕を閉じてしまうかもしれない。未来を変えようと動く人間は、グギン教団にとって非常に厄介だろうから。

 しかし、だからと言って隠し事をしたまま、リーゼロッテばかり話をさせるには無理がある。まずは彼女がどういう立場なのか、詳しく知る必要があった。

「すみません、それは言えません。ですが、貴女がたに危害を加えるような情報源ではないことだけは確かです。それで、その……リーゼロッテ様は、グギン帝国の復活を望まれますか」

 恐る恐る、エリクは尋ねた。先程ゴールズたちから聞いた話から鑑みるに、リーゼロッテは義に厚く聡明な人物だ。アンスル王国の情勢が非常に不安定な今、連合同士で手を組んで他国へ攻め上がる余裕などは無いと承知しているはず。それも、千年前に旧ティール王国を脅かした邪教の帝国を復活させるという、如何にも怪しい企みに乗るような王女とは思えない。しかしながら彼女は幼い頃から施設に行っていたということもあり、なかなか際どい立場であることも事実だった。

 どんな答えが返ってくるかと身構えていると、リーゼロッテは緩く首を振った。

「あれは……ひどく不気味な者たちです。人を人と思わぬような実験を、もう数百年も続けている。私もその実験体の一人に過ぎません。役目が終われば何をされるか分かったものではない」
「え!? ちょ、リーゼロッテ様そんなヤベーことさせられてるんすか?」

 椅子を倒す勢いで立ち上がったのはカイだった。慌てふためく彼を見上げ、リーゼロッテは微かに苦笑をこぼす。

「いや、一応は王女としての待遇を受けていますよ。アンスルの王宮より居心地は良いかもしれない」
「クールに自虐してる場合か!」
「まぁ座りなさいな」

 まるで姉弟のような砕けたやり取りに、エリクは思わず呆けてしまう。こちらの驚いた視線を察してか、リーゼロッテは話を戻すように軽く咳払いをした。

「私は帝国の復活を望んでいるわけではありません。巨人族に妄執する一団を世に放つのは、イナムス全土にとって危険極まりない」

 王女曰く、千年前の南イナムスでグギン帝国が台頭した時代は、北イナムスにも多少の──否、多大な影響を及ぼしたという。北は当時まだ小国が乱立していた時期で、ダエグ、アンスル、ソーンの三国もそれほど権力を持っていなかった。しかし、旧ティール王国を攻めるにあたり、グギン帝国が北イナムスに助力要請をした辺りからその均衡は崩れ始める。

「千年前、帝国は今の三国に“兵士”を提供したそうです。巨人族の力……ミグスを体内に備えた強力な兵士を」
「まさか……! その時から既に繋がりがあったのか!?」

 先生の驚愕した問いに、王女は頷く。

「厳密に言えば、帝国として名乗りを上げる以前から、教団は我々に“兵士”を造る上での協力を仰いでいたようです。三国が強靭な肉体を持つ人間を差し出し、教団がミグスを与える。適合に成功したものは国へ帰し、実地訓練と称して戦へ投入していたのでしょう」
「……それで、今の三国は戦に勝利してきたんですね」

 北イナムス史の裏で行われていた血腥い事実に、エリクは呆然となる。グギン教団は千年以上も前から連合の手助けをしており、その見返りとして実験施設や人材の提供を受けていたのだ。そしてそれらの行いが全て旧ティール王国を打倒するためだったのかと思うと、教団のただならぬ執念が垣間見える。

 無論、それらは決して明るみに出ない影の歴史として、王族にのみ伝わっている。“大精霊”の加護を戴いたダエグ王の華々しい栄光を前面に押し出すことで、民の意識はそちらへ巧妙に逸らされているともリーゼロッテは語った。

「教団はあなた方の国を滅ぼすためなら、どんな手段も厭わない。どれだけの子どもが死のうが、この北イナムスで血が流れようが……彼らにとっては些事なのです」

 一見して冷静に話をしていたリーゼロッテだったが、その手はきつく握られ、震えていた。彼女の姿を見ていると、余計にエリクは分からなくなってしまう。これほど教団を危険視している彼女が、どうして実験施設と関わりを持っているのかと。アンスル王国で起きる揉め事にも奔走しながら、何故……。

「……リーゼロッテ様。あなたはどういう立場なのですか……?」
「……」
「さっきご自分のことを、実験体の一人、と」

 失礼を承知で尋ねれば、暫しの沈黙が訪れる。リーゼロッテの瞳は伏せられ、テーブルに置いた髪飾りへと注がれる。ランプの光を反射して煌めく宝石を見詰めたのち、真っ白な瞼は閉じられた。



「──私は、グギン皇帝エーベルハルト様の“つがい”として選ばれました。ダエグのセヴェリ国王陛下と同じ、精霊の力を引き出せる者として」



 一瞬の静寂、のちにカイの奇声が響いた。

「な……何じゃそりゃ!? つまりは結婚相手ってことだろ聞いてねーぞ!!」
「言っていませんでしたからね」
「いつからだ!? まさかガキの頃からっ?」
「ええ」

 騒がしいカイと冷静な態度を崩さないリーゼロッテを前に、エリクは困惑気味に視線をうろつかせる。王女が北イナムスで一、二を争う魔法の使い手ということは聞き及んでいた。そしてダエグ王──セヴェリがその上を行くということも既に知っている。この二名が“つがい”として教団に招かれている、つまりそれは。

「ま、待ってください、もしかしてグギン皇帝というのもミグスを……っ?」
「はい。教団が生み出した最高傑作、だそうです」

 どこか皮肉げな口調は気にかかったが、そのおかげでエリクはある確信を得て頭が真っ白になりかけた。

 グギン皇帝が優秀な“兵士”であり、リーゼロッテがその“つがい”として選ばれた。すなわち巨人族の力を持つ人間と精霊の力を持つ人間を掛け合わせ、教団が新たな命を創ろうとしていることは一目瞭然だった。それがどういう結果をもたらすかは未知の領域だが、これと同時に判明した事実がある。

 ──ダエグ国王セヴェリが、ニコの“つがい”……結婚相手だということが。

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